リール国際詩祭報告



 11月4日朝、パリ・シャルル・ド・ゴール空港から直通のTGVに乗っておよそ1時間、ウルトラモダンなリール・ユーロップ駅に降り立つと、すでにして初冬の寒々とした光に迎えられた。欧州統合の活気を反映してか、駅の周囲には大型複合施設をはじめとするまあたらしい建築群が立ち並んでいるが、私は橋をへだてて広がる旧市街のほうに向かう。

 リールは北フランス・フランドル地方の中心都市でありフランス最大の工業都市でもあるが、イタリアのジェノヴァとともに今年の欧州文化首都に選ばれている。そこで今年一年さまざまな催しが行われたらしく、その最後を締めくくるのがリール国際詩祭(正式名称はMonde parallele literature、「文学、このもうひとつの世界」とでも訳せるだろうか)というわけだ。主催はなんとノール県議会。文化をサポートする行政のありようが日本とはかなりちがう。そしてディレクターはジェノヴァ国際詩祭からひきつづき、詩人クラウディオ・ポッツァーニ氏。ホテルにチェックインしたあと、詩祭参加者の集合場所に指定されているレストランに赴くと、氏が若い女性スタッフ数人(リール大学の院生とOBの教員とのことで、気のせいかパリ娘よりも素朴で優しい感じがして、まるでフランドル絵画からそのまま抜け出してきたようだ)とともに迎えてくれた。

 前夜祭ともいうべきこの日のメーンイベントは、リール郊外、「ヴィラ・モン・ノワール」(かつてはあのマルグリット・ユルスナールの所有する別荘であったらしく、いまはいわゆる作家ステイに供されている)で行われた、ポルトガルのノーベル賞作家ホセ・サラマゴ氏を迎えてのカクテル・パーティー。さまざまなアトラクションのあとスピーチに立ったポルトガルの老作家は、ノーベル賞をもらった経緯などをユーモアたっぷりに語った。

 二日目(5日金曜日)。昼食のあと、LE JOUR DES PAGES SAUVAGESというプログラムとともに詩祭が始まった(複数のプログラムが複数の会場で同時進行的にすすむので、すべてに立ち会うことはできない)。会場はリール随一という大型書店の特設ステージ。フランスのジャック・ダラス氏、イタリアのエドアルド・サンギネッティ氏などとともに、私も朗読する。「硯友社跡の無限6」を、CD『UTUTU/独歩住居跡の方へ』の再編集版をバックに読んだ。そのあと、参加アーティストの一人、オリヴィア・ニコラスさんに仏訳を読んでもらう。女優というだけあって、とても上手だ。夕刻、リール美術館内でおこなわれたPARCOURS POETIQUESというプログラムに立ち会う。詩人たちがしかじかの名画(ゴヤ、ルーベンス、・・・)の前でその名画に想を得た自作詩を朗読して歩くという館内ツアーだ。

 三日目(6日土曜日)。昼、リールきっての歴史的建造物、旧証券取引所の中庭に展開するBOULEVARD DES POETESというインスタレーションを観る。アポリネールからジム・モリソンまで、20世紀の代表的詩人たちのテクストが印字されたパネルが床に並べられてあり、それを踏むと音声再生装置のスイッチが入って詩人たちの肉声が流れてくるという仕掛けだ。個人的に圧巻だったのはエズラ・パウンド。かの名高い「利子詩篇」を読むパウンドのしゃがれ声が、まさしく呪詛のように響いてくる。さて私の出番は、夜8時からのPOESIE VERTICALE。会場は聖カトリーヌ教会で、「モロッコの歌姫」サッフォーさんの朗読パフォーマンスをはじめ、詩と音楽のコラボレーションが多い。ヨーロッパの教会やカテドラルはそれ自体がとびきりの音響装置だとはよく言われることだが、そのことを実感する。私は、偶然にもサッフォーさんの故国モロッコで書いた「あるいはリラックス」を、昨日と同じ再編集版CDをバックに朗読した。

 そして最終日(7日日曜日)。昼の集合場所はレストラン「レ・ムール1930」。この地方の名物料理ムール貝の白ワイン蒸しを食しながら、みんなもうほとんど打ち上げムードである。そのあと、女性スタッフの一人、エムリーヌに案内されて、きょうの私の出番があるL'ABSINTHE L'ABSTRAIT L'ABSOLU & L'ASENCEの会場「アエロネフ」に向かう。例の大型複合施設の中にあり、ふだんはロックコンサートなどに使われているのだろう、黒基調のメタリックな空間だ。6時から本番。私がトップバッターで、初日と同じ演目で臨む。そのあと、フランスの若手の詩人クリストフ・フィアットの、みずからギターでビートを刻むポップな朗読パフォーマンスなどがつづいた。第二部の、朗読ロックとでも呼んだらいいのだろうか、4人のフランス人グループによるDIS PAS CAという出し物が、やや長時間ながら面白かった。終わって、詩祭最後のプログラムPOESIE VERTICALEの会場聖アンドレ教会に赴く。自分の出番をすべて消化した安堵感と解放感に包まれながら、なお続くさまざまな国のさまざまな詩人アーティストたちの競演に耳を傾けるうち、夜は更けていった。

 報告の最後として、6月のジェノヴァ国際詩祭との比較でいうなら、ジェノヴァの方が日数が長く、プログラムにも朗読のほかにシンポジウムや講演が組まれていたりと多彩だった。一方リールのほうは、詩と音楽との幸福なコラボレーションを夢見ての、朗読パフォーマンスという面に絞った人選やプログラムだったようだ。コーディネート役のほかならぬポッツァーニ氏が、そのようにふたつの詩祭を振り分けたのだろう。だがいずれの場合も、この二十一世紀になってもなお詩がもちうる役割--それはジェノヴァ詩祭の惹句「詩による世界の再構築」やリール詩祭の正式タイトル「文学、このもうひとつの世界」にも反映されていよう--に対するゆるぎない確信めいたものが、運営やサポートにたずさわる人々の心を底流しているように思われた。伝統の違いといえばそれまでだけれど、少々うらやましい気持ちもかかえながら、11月8日昼、帰国の途に着くべく、ふたたびリール・ユーロップ駅のホームに立った。