| 〜〜イベント〜〜 | ||
| POESIA EN VOZ ALTA報告 | ||
![]() 2008年9月25日から29日まで、メキシコの詩祭POESIA EN VOZ ALTAに招かれて、メキシコシティに滞在しました。 詩祭を主催するのはメキシコ自治大学のCASA DEL LAGOという芸術センターで、都心の広大な公園内にありました。CASA DEL LAGOの発足にはあのノーベル賞詩人オクタビオ・パスもかかわっていたそうです。詩祭の名称POESIA EN VOZ ALTAを直訳すると「声に出す詩」となりますが、まさに詩を書物空間から多様な視聴覚メディアのなかへと解き放とう、という趣旨らしく、およそ半月間にもわたって、さまざまな詩人や音楽家が朗読パフォーマンスを繰り広げます。ディレクターのパッチョ氏はかつて音楽活動をやっていたとのことで、私を招聘することになったのも、CD「UTUTU/独歩住居跡の方へ」(野村喜和夫+大友良英+翠川敬基)をどこかで聴いて気に入ってくれたことがきっかけだったようです。今回私は、コントラバス奏者の斎藤徹氏に同行をお願いし、プログラムには彼とのセッション「デジャヴュ街道」が組まれていました。驚いたのは、そうした参加詩人の各パフォーマンスを知らせる案内が、それぞれ別個に、絵はがき大のカードとして刷られていたことでした。画像がそれですが、これまでいろんな海外の詩祭に招かれて参加しましたけど、こんなことははじめてです。 さて、私たちの出番は27日夜、CASA DEL LAGOに隣接した仮設会場においてでした。野外コンサートの趣きです。私は斎藤さんとのインタープレイのなかで、「硯友社跡の無限6」(ラグビーに取材した詩です)「デジャヴュ街道」および「街の衣のいちまい下の虹は蛇だ(大コーダ)」の三篇を朗読しました。もちろん日本語で。でも、言葉の意味なんかわからなくても、音としてのエキゾチックな日本語に聴衆は満足気味でした。 詩祭中にメディア(新聞と通信社)のインタヴューも受けました。外国の詩祭に行くとたいていそうですが、今回も、「俳句の国から来ているのに、なんで俳句ではなく現代詩なんだ」と問われて、答えは、「西洋伝来のある種普遍的なモダニティと日本という地域の固有性との出会いや格闘、あるいは融合をめざしてやってきたのが日本の現代詩で、俳句とはちがうそうした新しい「伝統」のうえに私も立っている、これはメキシコの事情とも通じるところがあるのではないでしょうか」。 |
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| ロッテルダム国際詩祭報告 | ||
ロッテルダム国際詩祭(6月16日〜22日)に招かれ、行ってきました。今年で38回目を迎えるこの欧州最大級の詩祭には、世界各地から著名な詩人たちをはじめ、エディターや詩祭ディレクターなどが集まってきます。私は16日から19日まで参加しました。フランスからはあのイヴ・ボンヌフォワが招聘されていましたが、私とは日程がずれていたようで、言葉を交わすことはついに叶いませんでした。 ロッテルダムは、欧州の都市にしてはめずらしく、市中心部にもたくさんのモダンあるいは超モダンな建築群が立ち並んでいます。詩祭の会場にあてられた市立劇場もそのひとつで、屋上に置き忘れられた巨大な建築資材がななめに傾いで、いまにもずり落ちてきそうな--という奇抜さで私を迎えてくれました。劇場内には、詩祭スタッフの常駐するPoets' foyerという場所が設けられ、参加詩人はそこで自由に飲み物や軽食を取ることができ、また世界諸地域の新聞雑誌を読むことができます。なんと日本経済新聞までありました。 さて、詩祭の今年のテーマは、「詩と狂気とメランコリアと」。私自身の関心とも深くかかわるテーマです。詩は狂気と境を接しており、ぎりぎり狂気と渡り合わなければすぐれた詩は生まれないし、だからといって、狂気に言葉を譲り渡してしまえば、それはもう詩とはいえなくなってしまう、そう私は考えるからです。プログラムには、私の友人であるベルギーの詩人ヤン・ローレンス、彼はまた脳神経科学者でもあるのですが、その彼の講演「詩と脳と狂気」が組まれており(残念ながらオランダ語)、またオーブンに首をつっこんで自殺したあのシルビア・プラスをめぐるシンポジウムも用意されていました。 私の出番は16日と17日でした。16日は、「詩人たちのパレード」というオープニングセレモニーに、他の十数人の参加詩人とともに出演しました。各人、「私の好きな言葉」を表明したあと、なんらかのかたちでそれを織り込んだような詩を、それぞれの国の言葉で朗読していきます。朗読のあいだ、背後のスクリーンには、オランダ語訳と英語訳のテクストが映し出され、また同時に、「詩人の眼」と題した写真のスライドショー(あらかじめ参加詩人に撮らせてある)が展開します。私は好きな言葉に「波」をあげ、「スペクタクルあるいは波」という詩を朗読しました。 17日は「インターナショナル・ポエトリー」の一環として。このセクションは連日昼と夜に組まれてあり、2人ないし3人の詩人が、紹介者によるイントロダクションのあと、自作詩を朗読するというものです。スクリーンに翻訳テクストと写真が映し出されるのは「詩人たちのパレード」と同じ。私の場合は夕食後の午後8時から一時間、ポルトガルのヌノ・ジュディスと一緒で、後半の30分が私にあてられました。まず、ヤン・ローレンスが私と私の詩について紹介したあと、私が詩を三篇(「あるいはリラックス」「(お肉さん、お肉さん)」「デジャヴュ街道」)朗読しました。他の詩人たちはほとんど素朗読なのですが、私の場合はCDの音楽をバックに、とくに「デジャヴュ街道」の場合は録音した自分の声と生声をかぶせるというものだったので、聴衆にかなりのインパクトを与えたようです。 ともあれこうして、スクリーンに映し出される英語およびオランダ語の翻訳テクストをバックに、連日連夜、各国語による多種多様な詩の響きが会場を満たしていきます。市内のボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館にはあのブリューゲルの名画「バベルの塔」が収蔵されているのですが、そうした詩祭の雰囲気を考え合わせるとき、この絵の存在はなにほどか象徴的であるような気がしました。いまや世界言語である英語を最大限に活用しつつも(オランダだからこそできることですが)、諸言語の差異は差異のままに息づかせようとすること。それこそがこの詩祭の最大の意義であり、またそこにこそ主催側の意気込みがみてとれるとするなら、それはまるで、旧約聖書のあの、人類がただひとつの言語を話していた「バベル以前」と、地域ごとに異なる言語が使用されるようになった「バベル以後」とを、同時に実現させようとしているかのようではありませんか。 そんな感慨のうちに、あっという間に詩祭はすぎていきました。スタッフや世界各地の詩人たちとも挨拶を交わすようになって、ようやくこれから交流がはじまるというときに、もうあすは日本に帰らなければならないという日がやってくるとは。その19日の夜、インターナショナル・ポエトリーのあいだの休憩時間にPoets' foyerに行ってワインを飲んでいると、なんと四元康祐さんから声をかけられました。外国にいるせいもあるのでしょうが、初対面なのに、十年もまえからの知己のような気がして、夜遅くまで楽しく話をしました。彼はミュンヘン在住で、やはりこのロッテルダムに本拠があるInternational Poetry Webの日本代表を務めています。私たちは、これからもいろいろと連携を取りながら、日本の詩を世界に発信していこうと誓い合いました。 |
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「現代詩フェスティバル2007〜環太平洋へ〜」 ディレクター野村喜和夫より報告 |
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| さる4月20日21日、世田谷パブリックシアターにおいて、「現代詩フェスティバル2007
〜環太平洋へ〜」が行われました。ディレクターの私が言うのも変ですが、予想を上回る成功を収めることができました。出演していただいた詩人・アーティストのみなさん、スタッフのみなさん、そしてお越しいただいたみなさん、ほんとうにありがとうございました。 |
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今回はなによりも、ふたつのコンセプトを同時に実現することができたということが、私には大きな喜びであり収穫であったと思います。ひとつは、1995年の「現代詩フェスティバル95・詩の外出」以来のテーマである、詩と他ジャンルアートとのコラボレーション。石田尚志さん、伊藤キムさん、およびマーガレット・ジェンキンズ・ダンスカンパニーの各作品は、それ自体がポエジーともいうべきすばらしいものであったと確信しています。また、音楽家たち(ツルノリヒロさん、近藤達郎さん、翠川敬基さん)の朗読とのインタープレイも、それぞれ個性的ですてきでした。 もうひとつのコンセプトは、国際性ということです。これは一昨年私がディレクターをつとめた「日欧現代詩フェスティバルin東京」を引き継いでのものですが、今回特に、アメリカのマイケル・パーマーをはじめ環太平洋地域からすぐれた詩人たちを招くことができたというのは、それなりの意義があったのではないかと思います。グローバル化でも東洋/西洋でもない第三の軸の提示。たとえば、まったく話は変わりますけど、いま流行っている「千の風になって」というクラシック調の歌、あれもまたひとつの環太平洋ではないでしょうか。というのも、歌の発信源はアメリカのようですが、その歌詞に読まれる一種アニミズム的な死生観(「私は墓になんか眠っていない、風や光になって大空を飛んでいる」云々)は、西欧キリスト教的(であるならば、死者は土葬されて来たるべき復活の日にそなえているでしょうから)というよりは、アメリカ先住民(アジアから渡っていったモンゴロイド)的という気がするからです。 |
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| なお、当フェスティバルの後記事は毎日新聞(城戸朱理さんによるエッセイ)、東京リーディングプレス、水声通信(遠藤朋之さんによるエッセイ)などに出ますので、よろしかったらご覧下さい。また、現代詩手帖では特集を予定しています。 | ||
2006年しずおか 静岡連詩の会 「馬の銅像」の巻 創作 11月23日(木)〜25日(土) ホテルセンチュリー静岡 発表 11月26日(日) グランシップ11階 会議ホール・風 |
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銅像にかかる一枚の布。 その除幕の瞬間、連詩は始まる。 水平線や流星群、あるいは光や時間など、これまでの第一編は、きわめて広い視界から始まっていた。ところが今回のタイトルは「馬の銅像」。今までとはやや趣の違うスタートに一層の興味を募らせる。それはまさに銅像の除幕前の期待感、緊張感に似ている。 今回、連句でいうところの発句の大役を背負ったのは、日本語で詩を書くアメリカ人、アーサー・ビナード氏。発表の席では、最初の五行を担った者としての責任感を感じつつの創作だったと振り返った。紅一点、絵本作家としても活躍の木坂涼氏は、三度目の参会。現代歌壇の代表的存在である岡井隆氏も、昨年に続いての登場となった。一方、唯一の初参加者となったのが野村喜和夫氏で、これまで経験してきたダンスや音楽とのコラボレーションとはまったく違う作業について「楽し難し」と表現した。 さて、五人目の参加者であり、毎回さばき手を務めるのは、連詩の第一人者といわれる大岡信氏である。七回目となる今回について、氏は「馬のごとく駆けるものを動力に優秀な連衆に恵まれ、進行もきわめて楽だった」と語った。氏との長年の縁から今回発表会の司会を務めたのはNHKアナウンサー桜井洋子氏も、創作の現場は和気あいあいとした雰囲気で、「大岡ゼミの合宿のよう」でもあったと報告。 そんな創作時間を経て完成された全四十編。ときに冗談や笑いを織り込みながらの発表の席では、詩人による朗読の後、連詩の特徴でもある詩の繋がりが解き明かされ、来場者たちは、単詩とは違う、連詩の魅力を堪能した。 |
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2006年12月、現代音楽の新進の作曲家、篠田昌伸氏によって、長篇詩作品『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』をテクストにした同題の合唱曲が作曲され、「JUST COMPOSED 2006 IN YOKOHAMA〜現代作曲家シリーズ〜声帯が虹を描く」(12月8日、横浜みなとみらいホール)のプログラムのひとつとして、初演されました。。 |
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