ヴィスコンティ通りの深淵
野村喜和夫



私の右の陽の
溜まりに隣接して
昼なお暗いヴィスコンティ通り
ここでラシーヌは死んだ
というプレートを読み
私は遠ざかる
けれどもなぜか
半身のように影が残ってしまう
ここでラシーヌは死に
ここでバルザックは莫大な負債をかかえ
ここでショパンは病身をさらして肖像を描かせた
またべつの名前もここにとどまり
ここで渦を巻くだろう
わくら葉のようにここでわくら葉のように
見上げると
昼なお暗いヴィスコンティ通り
両側の建物は一段と高さを増し引き合うように湾曲して
まるで深淵のようだ
女のエクスタシーの
喉をのぞくようだ
ここでラシーヌは死んだここでラシーヌは死んだ
私の影が声に出すと
声は壁を跳ね返りながら
増幅し歪められる
笑えば悲鳴の奔流になるだろ
叫べばささやきの彗星になるだろう

ここでラシーヌは死んだここでラシーヌは死んだ
わくら葉のようにここでわくら葉のように
逝くだろう逝くだろう
筋も舌もシナプスも
ここで魂は溶け
ここで血は幾何模様を描き
ここまでの恍惚ここに雪片は舞い
ここで別れようここを影が
痙攣してよぎる
影の
そのまた半身を残して