もう長いあひだ眼はさまよつて
野村喜和夫



       もう長いあひだ
              眼はさまよつて
     やうやく核心にたどりつきつつある
                     といふやうだつた
        廃墟になつた病院の裏手から
        果樹園のはうへ
               だつてさうだらう
          みえないが
               なつかしい私のからだがそこにあつて
       すこし舞つてゐた
  絹のやうな音楽が流れてゐた
               やや高度を得て
          地を這ふ感じではなかつた


       やうやく核心に
              たどりつきつつある
        でもたどりつきつつあるものへの
                       思ひとはうらはらに
        あへてまだ焦点はむすびたくない
 さう眼はねがひ
        だから核心のあたりには
                   ただぼんやりと陽が射してゐた
  なつかしい私のからだがそこにあつて
                   まだ空気のままの
     骨のやうなものがめぐつてゐた
     こんなところにも陽は射すのか
                   といふやうに陽は射して
            いたるところに
   光のまだら模様をつくりだしてゐた
                   そのやうにゆつくりゆつくり


      すこし舞っていた
      絹のやうな音楽が流れてゐた
                   だがその音楽よりも
           ゆつくりゆつくり
    眼はさまよつて
           この世でもつとも古い
           もつともよく風雪に耐へた木
      その木へと
      やうやく焦点をむすびつつあつた


       やや高度を得て
              地を這ふ感じではなかつた
              まるで大地から
      火焔が噴き出して
      それがそのままねじれた幹のかたちとなつてしまつた
 その木へと
      もう長いあひだ
             眼はさまよつて
    やうやく核心にたどりつきつつある
                    といふやうだつた


         みえないが
              なつかしい私のからだがそこにあつて
光のまだら模様にまぎれてゐる
       のにちがひなく
              その木へと
    やうやく焦点をむすびつつあつた
                   冬だから全部葉は落ちて
               枝々には
             さう
         枝々には
         かはりにたくさんの死んだ顔たちが浮かび上がつて
                      それはもうにぎやかに
    なつかしい私のからだを奪いあつてゐた
           それから眼がやつてきて
  顔のひとつをえらび
           その眼窩へと納まつていつたのだつたか
    やや高度を得て
           地を這ふ感じではなかつた