スペクタクルそして豚小屋

野村喜和夫



私は豚小屋が
ひとはひと星は星にうんざりして
いま異様に飴のように伸びてくる闇その闇かも

私は豚小屋が
その闇のなかをぽつぽつと光の染みさながらに
回帰する豚よあわれ

母の病んだ松果体の下の
私は豚小屋が
その永劫の梁から洩れる闇に溺れている叫び

私は豚小屋が
その叫びをなおも聴き取ろうとするとき
私より五倍も私なるべし

母の病んだ松果体の下の
私は豚小屋が
その永劫の梁に陽が糞尿のように激しく降る

あるいは糞尿が陽のように
私は豚小屋が
湯気を立てて笑う沈黙の土豊かならしむ

たがいに内に曲がり外に曲がり
たがいに促され誘惑されまたゆるやかに拘束され
私は豚小屋が

私は豚小屋が
眩暈とは全体が中心となることである
と知りコナラの葉むらひるがえるうつつ

毎日が眩暈だその縁から泡のように吹きこぼれて
私は豚小屋が
惑乱の私のかけらをさがす変かしら

私は豚小屋が
おお板々しい隙間から燃える頭蓋骨が見える
鹿色のオオスミハルカが流れ込んでくる

おお板々しい眠りの暑い壁
みつめているとぷつぷつと穴があき
私は豚小屋が

私は豚小屋が
なおも穴があき這い出てくる喃語の虫よ
私はやや肌に粟粒を生じをり

私は豚小屋が
死に給ひゆく母よ私を嚥下せよ嚥下せよ
そうして二度ともう私をひりだすな

二度ともう私をひりだすな母よ
私は豚小屋が
このむずがゆい身熱にすぎぬこのかたまりを

私は豚小屋が
いくつかの顔を浮かべてもみなまぼろし
その下から溶けた若い娘のような飢餓よあわれ

永遠が馬のかたちをして走り去ってゆくとき
私は豚小屋が
回帰してくるのは豚だいつも豚だ

私は豚小屋が
運んでいる不穏な筋肉隠れている
よい孤独わるい孤独朽ちかけの朽ちかけの

私は豚小屋が
ぬかるんでいる通路をどのように豚小屋へ
接続されるのかを知らず冬の夕ぐれ

私は豚小屋が
この地上わけもなくコンビニに火をつけたくなり
筋肉がひかり豚小屋がうごめく


--詩集『スペクタクル』(思潮社、2006)所収