硯友社跡の無限(7)

野村喜和夫



それからわたしはそこによく滞留するようになった
眼状斑のあるやわらかな碑が
既知のわたしに絡んでいた
なんてスキャンダラスなんだろう
谷のまた谷なので
丘のうえのガイストの
樹脂のような性愛までもが流れ込んで
「もしも何も起こらないとしたら
何も欠けてはいないのです」
そのうえをいくつかのやわらかな碑が
くゆるように妖しく立ち
既知のわたしは沈んでゆく
かと思うとわたしは昇り
眼状斑のあるやわらかな碑にそって
碑の子のようによれてしまう弱いわたしを
わたしの未知が支えていた
碑にも子が接木をはたし
既知のわたしから既知がとれるのはいつ
というむなしい問いが
やがて眼状班に絡みはじめると
かえって眼状班が碑の
碑のくゆるやわらかな複数を
それ自体くゆるように昇り降りして
文字の初期のようになまなましく感じられた
やわらかな碑のいくつかはそのとき
互いに交叉して結び目をつくるので
問いや問いを絡ませた眼状斑がそこに滞留する
なんてスキャンダラスなんだろう
それからわたしはよくそこに滞留するようになった
眼状班のあるやわらかな碑がほどけて
丘のうえのガイストの
足跡の不意の華やぎに蔽われるまで

(詩集『反復彷徨』より)