街の衣のいちまい下の虹は蛇だ
(クロニクル片異文)

野村喜和夫




呪文はうねうねせよ、
うねうね、


お肉さん、お肉さん、


私たちは二人、
スペインはアンダルシア地方の首都セビリアの、
陽炎の中に入ってゆくようだった、


レインボー暦の八年か九年、
自分の墓穴を掘らされたあと銃殺された詩人の、
命日に近かった、


蛇通りcalle de sierpesよ、と女は言った、
たしかに少し、うねうねしているね、
私がそう言いかけたそのとき、
突然、女が走り始めた、
長いドレスの裳裾をひるがえし、
カルメン、妖婦femme fataleカルメンにちがいない、


お肉さん、お肉さん、


通りの両側には、
扇子やアクセサリーを並べたきらびやかな陳列窓がつづいていた、


大きな撮影カメラをかついだ男があとを追いかけて、
私あるいは、
ドン・ホセにちがいない、


お肉さん、お肉さん、
お肉さん、お肉さん、


蛇通りcalle de sierpesを走り抜けていったのは、
妖婦femme fataleカルメン、
ついでホセ、
ついで熱風、
ついでニュートリノ、


お肉さん、お肉さん、お肉さん、お肉さん、お肉さん、


目路のさきでドレスがカルメンを離れ、
空を舞い、何枚にも増えて、
街の衣となった、


お肉さん、お肉さん、お肉さん、
お肉さん、お肉さん、お肉さん、


ひゃっ、裸のカルメンの背のような、
昼の月、


走り抜けていったのは、
ホセの情欲、
ついで情欲のような熱風、
ついで熱風のようなニュートリノ、


お肉さん、お肉さん、
お肉さん、お肉さん、
お肉さん、お肉さん、
お肉さん、お肉さん、


呪文はうねうねせよ、
うねうね、


テロリストはいつの日にか、
きらびやかな陳列窓をこなごなにするだろう、


私たちは二人、
陽炎に入ってゆくようだった、
レインボー暦の八年か九年、
ほんとうに詩人は、


自分の墓穴を掘らされたあと銃殺された、